AI推進に必要なものとは何か?――Watson事業に取り組むソフトバンクに聞くAI事業の最前線 前編

IBMが推進するAI「IBM Watson」。ソフトバンクは日本アイ・ビー・エムとIBM Watson日本語版の共同開発に取り組むなど、Watson事業を強力に推進しています。これまでのソフトバンクの取り組みについて、同社でWatson事業を統括するAI事業推進部 部長 重政信和氏と、AI活用推進プロジェクトリーダー 三上美紀氏にお話を伺いました。
- Watsonとの出会いがAIのスタート
――なぜWatson事業に関わるようになったのでしょうか
重政信和氏(以下、敬称略):2015年2月、まだ日本で本格展開される前のWatsonに注目し、IBMさんと戦略的な提携を発表しました。ただ、当時はわれわれもAI事業に本格的に取り組むのは初めてだったので、まずは自分たちが社内で活用しながら日本語版への開発に携わり始めました。
それから1年ほどたった2016年2月にWatsonの日本語版の提供を開始しました。これに先立つ2015年7月に日本のAI市場の活性化を目指して「IBM Watsonエコシステムプログラム」を発表し、以来、様々なパートナー様と協力し、Watsonの展開に取り組んでいます。
日本サード・パーティさんも、その当時にパートナーとして加入いただいています。
いまではパートナー数も目標だった100社を越え、それぞれの強みを活かし、様々なサービスの開発やテクニカルな支援を行っていただきWatsonの裾野を広げる活動をしています。
- 戦略的提携でWatsonの日本語開発を促進
――社会的な影響についてお聞かせいただけますか
重政:あるリサーチでAIといって想起するエンジンは何ですかという問いに対して、Watson が1位になったそうです。そのリサーチでは、ソフトバンクも6位になっていました。
戦略的提携から、ここまでの2年間、草の根で活動してきた意地もあります。啓蒙や、さまざまな企業と提携していく事で、「AIについて依頼・相談するならソフトバンク」というイメージが定着してきたのはよかったかなと思っています。
日本アイ・ビー・エムさんと我々がWatson日本語版の開発に取り組まなければ、日本のAIの普及はもっと遅れていたのでは?と思うこともあります。
- Watsonのソリューションを見える化する「Watsonソリューションカタログ」
重政:昨年7月のイベント「SoftBank World 2017」では、「AIをビジネスにどう使ったらよいのかわからない」というお客様に向けてパートナーさまに分かりやすいパッケージソリューションを開発してもらい、このお披露目を行いました。
その後、10月にはおそらく日本では初めてだろうAIソリューションを見える化した「Watsonカタログ」を世に出させていただきました。この「Watsonカタログ」には45のソリューションが掲載されていますが、各ソリューションは、ユースケース毎にパッケージ化し、費用や仕様も明確にして開発ベンダーさんとともにご紹介させていただいています。
現在では「Watsonカタログ」の作成から半年以上たっていますので、カタログに掲載されていないソリューションもどんどん増えています。
「Watsonカタログ」を出したことで、各ソリューションを掲載しPRもできますので、我々と一緒に活動して頂いているパートナーさんにも貢献できたのかなと思っています。
ソフトバンク社内に対しても、「Watsonカタログ」を紹介することで、「Watsonを使って業務の効率化を図ろう」という取り組みが改めて活性化してきました。現在は社内のさまざまな部署にWatsonを使ってもらい、ユースケースを再発掘しているところです。
このプロジェクトリーダーをしているのが三上です。
三上:現在60~70のプロジェクトでWatsonの業務活用を検討しています。社内でまず使ってみて効果があるものから商品化を検討し、外販できそうなもののうち、いくつかは「AIスターターパック」として展開しています。
- 「AIスターターパック」で、お客さまが使えるAIにする
――実際に外販された事例はあるのでしょうか
重政:7月の時点で、ソリューションを4つほど「AIスターターパック」として提供しています。
ただ外販で難しいのは、「AIスターターパック」のままではお客様が使えないことが多く、お客さまの利用状況にあわせて提供するようにしています。
AIの利用や活用方法は、会社ごとに違います。そこで、使うためのヒントを入れる学習データ50%位作り上げるなどの提供先にあわせてカスタマイズできるようにして外販をしているのです。
- 「Watson Go」で現場の使いやすさを、お客さまの使いやすさに繋げる
三上:「AIスターターパック」は、WatsonをIT担当者でなく、業務担当者が使いこなすことを目指しています。ユーザーが普段使っているツールと組み合わせてWatsonを使えるようにすることで、利用者のハードルを低くしています。つまり、現場の業務担当者の方が使いやすくすることが、企業導入への鍵なのではないでしょうか。
1から作り込んで導入する方法もありますが、それでは開発費が多くかかります。Watsonを普通のオフィスツールと連携させて簡単に使えるようにすることを目指して、「Watson Go」という営業支援部門から生まれたプロジェクトもあり、そんな中から現場ならではの使い方、発想が生まれてきました。
重政:ソフトバンク社内にこうしたAIに取り組むチームを多く作り出せたことで、会社としても強い組織に成長することができました。Excelの関数が使える人がいるように、AIを自分たちで考えて活用していく文化が少しずつですが、できはじめていると思っています。
ソフトバンクにはグループ会社が非常に多くありますので、自社のグループ会社だけで、かなりの事業領域をカバーしています。外部のお客さま向けにAIを提供していく上で、同じビジネスに取り組む自社の部署で試せることは、提供する企業の満足度を上げるという面でも大きなメリットとなっています。
- Watsonは、現場の力から、ビジネス環境を安く、手軽に、改善していく
――Watsonのいい面はどこにあると思いますか
重政: Watsonは、「自然言語」に強いという点です。
数値分析は開発中ですが、画像分析も出てきて、ビジネスには非常に強いと思っています。
今後は、AIスピーカー的なサービスや画像分析系サービスの利用も増えてくるとは思います。
三上:Watsonは、API連携するという形をとっていますので
既存のビジネス環境に組み込んで使えるというところが、最大のメリットです。
これまで大きな予算でソフトウェアやツールを導入してきた企業や部署からは、
「こんなに安くて、こんなに簡単なの?」と、驚かれます。
もちろん、個別にカスタマイズされているシステムを全面的に改修するのは、膨大な予算と時間がかります。しかし、Watsonには、“ここがちょっと足りない”“ここを少し直したい”
といった改修で使える柔軟さがあります。
現在はクラウド時代となり、サービスも充実しており、組み合わせ次第では何でもできます。
ただし、「どうWatsonを使うと正解なのか」という解答は未だに無いので、それは課題としてあります。
その課題を解決するのが「現場の力」だと思います。。
私たちもWatsonに関わって2~3年もたつと新しい発想が出にくくなります。
しかし、Watsonを現場に入れることで、現場ならではのアイデアが出てくるのです。
「こういうのができるとうれしい企業はたくさんあるよね」といったアイデアは、現場から生まれてきます。
Watsonを商品化する上で、社内でマーケットリサーチ的な活動として
新しい利用ケースの発掘などの活動をすると、「現場の力」を明確に実感できます。
これまでの商品やサービス開発のように、「特定のターゲットを狙った商品開発」と違って、実際にある業務改革に目を向けて、地に足が付いた商品開発ができるのが、社内活用の最大のメリットとなっています。
たとえば、チャットボットで「こういう学習のデータを入れる」すると「こういう振る舞いができる」そこから、新しい使い方の発想が生まれてくるのです。
いま社内で相談を受けている大半がチャットボットを使って、「問い合わせ対応を自動化して工数を減らしたい」という要望です。これは社内で、「チャットボットを使う人が増えた=Watsonを使える人が増えた」ということを意味します。
新たに増えた人が、さらに新しい発想を生み出していき、それがWatsonを使ってもらえるユースケースや場所を増やすことに繋がっていきます。
Watson にとって、AIにとって、ユーザーが増えるのは大きな財産・価値になります。
- AI意識を、ゼロから1にすることは、非常に難しい
――AIを使って改革をしたいという人は、ソフトバンクにお声がけしたらいいですね
重政:ここはぜひ強調したいのですが、業務を知らずして、「これをやったらうまくいきます」というのは、あり得ません。「一緒にやりませんか」「我々が一緒にサポートします」というスタンスが重要です。
AIは決して万能ではありません。できることは限られています。
三上:AIへの認識をゼロから1にする努力をするのなら、AIの認識が1の人を10にした方がいいと思います。。
ゼロの方の期待値をコントロールするのは大変で、手間と時間が膨大にかかる割には、なかなか1にならないからです。
重政:これまでの活動で、成功しやすい共通項はだいぶ見えてきました。
・AIの推進チームが作られていて強い推進役がいるか。
・
・業務課題とユースケースがイメージできているか。
・予算が確保されているか
・上長の理解度があるか
・現場とIT部門と上長の意識が合っているか
こうした条件が揃っていれば、我々もご支援しやすいし成功しやすいと感じています。
三上:体制があって、予算があって、やりたいことが何となく見えている。
この3つがそろっていないと、ヒアリングに伺っても実を結ばないケースが多いのです。
重政:これがリアルなAIの現状だと経験を持って言えます。
AIの導入や活用は、空想の産物でもなく、何でも解決する魔法のようなテクノロジーではありません。
われわれもこれまで取り組みを通じ、AIを導入・活用するためには、実は泥臭い活動が必要で、簡単にはいかないこともわかってきました。
だからこそ、これをどう利益に結びつけるのか、それが今の課題でもあります。