株式会社オンライン(以下、オンライン)代表取締役の鈴木和久氏は、ニューヨーク州立大学在学時からベンチャー企業を立ち上げ、総合コンサルティング事業や都市計画に携わってきた。
近年待機児童の社会問題もあり沖縄県を中心に数多くの保育園の開園支援を行ってきた。今後は、教育事業や福祉事業などの支援にも力を入れていくという。「コンサルティング業を行っていく中で、認定こども園や許可、認可外保育園などのコンサルティングのお問い合わせが増えてきておりました。保育や福祉は、社会的に必要とされているのにも関わらず、その現場は非常に過酷。私自身も何かできないかと考え、保育所の開園・運営支援を行うことになりました」
株式会社オンラインでは、いくつもの保育園の運営サポートを行う中で、各園への問い合わせを一括管理するコールセンターを設置し、遠隔地の保育園の支援も行っていくという。AIを活用して、保育の現場の効率化を図っているというが、どのようなシステムを導入しているのだろうか。
スタッフの笑顔が子供たちの笑顔を増やす
自ら保育園に対する直接的な運営支援に乗り出した鈴木氏に、その狙いを聞いてみた。「保育園のコンサルティングを行っていたときに、サービス残業などをせざるを得ない状況に、保育園のスタッフが疲弊していることに心を痛めました。
保育事業では、行政から求められる書類などが多いのですが、企業、保護者、近隣住民、その他、業者とのやり取りが非常に多く、その対応に追われ、本来の保育に集中できない環境となっているのです。そこで、保育園をより良くするためには、できる限りITなどを取り入れてスタッフの負担を軽減する必要があると考えました。
保育士やスタッフの負担が減り、心身とも健康で、子供たちに笑顔を向けることができれば、必然的に子供たちの笑顔も増えて自らに自信をもち、周りへの興味関心も向上させることができ、生きる力を伸ばして、夢を持てるようになる保育を目指すことができると考えています」。
各園への問い合わせをコールセンターで集約し、行政とのやり取りも本部で行うことによって、現場の負担を大幅に軽減できると考えた鈴木氏は、さまざまなコールセンターシステムを調べるが、なかなか適したものが見つからない。そんな中で出会ったのが、日本サード・パーティ株式会社だったという。日本サード・パーティは、2か月に1回「ManabiAI」というAIを学ぶプライベートセミナーをWeWork GINZA SIXで開催しており、セミナーに参加した鈴木氏が日本サード・パーティ 取締役 デジタルトランスフォーメーション事業本部長の為田光昭氏と話をしたことが今回のプロジェクトのきっかけだったという。
「私たちの事業規模では、AIは雲の上の存在と考えていて、コスト的にも規模的にも見合うものではないと考えていました。しかし、話を伺うと、決して手が届かないシステムではないし、AIを活用することによって保育園の事業を効率的にし、現場の負荷を軽減することができる、私たちに適したシステムになると考えました」と鈴木氏は話す。
「確かにAIの導入には、コストがかかるというイメージを持たれているお客様は、多いです。しかし、クラウドで提供されているAIが増えており、安価に利用できるものもあります」と為田氏は説明する。
「我々はThird AIというAIサービスを提供しています。Third AIは、お客様が抱えている課題をお聞きし、ご要件に応じて選択したAIサービスを適当なコストで提供するAIインテグレーションサービスです。Third AIは、大企業から地方のECサイトを運営する小売業まで幅広いお客様にご利用いただいております」。
AIを活用したコールセンターシステムを構築
鈴木氏から相談を受けた当時のことを、為田氏は次のように振り返る。「鈴木さんから課題をお聞きしたときに、うまくAIを活用すれば負荷軽減が行え、Third AIのコンタクトセンターソリューションが利用できると思いました」。
「従来のコールセンターの最も大きな課題は、電話とメールの2つのコンタクトポイントしかないということです。今後は、Web、チャットなど、多様な窓口の開設し、複数の窓口で集めたデータの統合・管理・分析などの機能を持つ、包括的な「コンタクトセンター」へとシフトしていくことが求められます。
たとえば、30歳よりも下の世代は、電話よりもチャットで問い合わせる文化が定着してきており、一昨年前くらいからチャットボットが注目されています。電話対応は、1対1でスタッフの時間が取られてしまいますが、よくあるお問い合わせはAIのチャットボットで対応し、AIでの回答が困難な場合に人が対応するような仕組みをつくれば、負担の軽減につながります。
最近は、音声認識技術が飛躍的に向上しているので、電話でのお客様との会話をテキスト化し、検索エンジンで最良な回答候補をオペレーターに示すことで効率化を図ることもできます。コールセンターやコンタクトセンター全体でAIをどのように活用していくかが重要で、たとえば、電話の待ち呼が多くなってしまうような場合は、電話の入口であるCTI(Computer Telephony Integration)からチャットへ誘導していく仕組みや、CTIとCRMを連携する仕組みを提供しています。また、クラウドAIには、AWSやGoogle、IBM Watson®などさまざまなものがありますが、一長一短があるので、組み合わせたり、使い分けたりしながら提供している点も我々のサービスの特長です」と為田氏は説明する。
株式会社オンラインのコールセンターの場合は、複数の保育園への問い合わせをコールセンターでまとめて受けるようにするため、クラウドで利用できるCTIであるAmazon ConnectとThird AI、文書検索AIのWatson Discoveryを組み合わせ、問い合わせの内容をAIが分析して、ふさわしい回答をオペレーターにレコメンドする仕組みから提供しているという。
負担を軽減でき、人材教育にも期待ができる
「AIは導入して終わりではなく、そこから育てていくことが非常に重要です」と話す為田氏。実際にオンラインに対して日本サード・パーティは、トレーニングやサポートを提供しているという。「サポートしてくれることで、不安なくAIを育てることができ、精度を上げることができています。最初の頃は、回答をしっかり検証しなければならず、思わず笑ってしまうような回答もありましたが、確実に情報の精度は上がっており、専門用語や業界での言葉の意味も理解できるようになっています」と鈴木氏は話す。
2019年4月から本格稼働を始めたコールセンターであるため、実際の導入効果はまだ数値化されていないが、「各園が問い合わせを受けなくてもよくなったのは、非常に大きな効果で、保育士やスタッフも負担の軽減を感じていると思います」と鈴木氏は話す。「今後は、最小限のスタッフで質の高い対応ができるようになることに期待したいですね。また、Third AIのおかげで、コールセンターのスタッフ教育を早く進めることができ、人手不足対策にもなることも期待しています。AIを導入することを考えていなかったときは、現場の保育園でコールセンターのスタッフの研修を数か月間行う必要があると考えていたのですが、AIが回答をレコメンドしてくれるので、研修期間を短くすることができると思います」
今回の導入を振り返って、為田氏は次のように話す。「今回は、スモールスタートで始めようという形にし、一番の課題を解決することから取り組んだので、お互いに負担が少なく導入できたと思います。この先は、保育園のさまざまな課題を解決できるように、システムを拡げていこうと考えています。
第二弾や第三弾でどのようにAIを活用するかは、鈴木さんと議論しながら進めていきたいですね。また、音声認識のサービスを高めて、感情分析なども活用していきたいと思います。とは言え、AIの利用を前提とするのではなく、ロボットなど、他に適した技術は無いかを検討しながら進めていくことが重要だと考えています」。
「今後は、他の保育園の支援のみならず福祉・医療分野の事業者の支援も行っていきたいと考えています。福祉の現場でも、保育園と同じような課題を抱えていると思うので、今回のシステムを拡げていけるといいですね。技術的にもコスト的にも活用は無理だと考えていたAIですが、思い切って為田さんに話しかけることで一気に課題を解決することができ、聞いてみないとわからないものだと感じました。AIに少しでも興味を持っているのであれば、ManabiAIなどのセミナーに積極的に参加してみることをお勧めしたいですね」と最後に鈴木氏は話してくれた。
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この事例に記載された内容は2019年6月現在のものです。
日経 xTECH Special(公開日:2019/06/24)